星の動く音がうるさい

2016年からニート状態。独房の中のように過ごしたい。焦燥感がひどいな

ニート生活115日目 書きたくないのに、書きたいときは

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ニートになったら哲学について、ブログで書いてみようと思っていたのに、理論的蓄積が足りないと思って延期して、4ヶ月が経った。

哲学の勉強法では、哲学史や哲学テーマを概観して、興味のわいた一個の哲学をテキストの内部から体系的に詳解するという理論的蓄積の作業が、始めにあって、そこで初めて、その理論を現実の社会現象に適用したらどのように描写できるのか、他の思想体系と比較したらどこが食み出るのかと、論述していく実践作業に入ることが出来る。その成り行きとして、論理的にどうしてもその理論が破れてしまうところで、次の理論へと離脱していくはめになるけど、この理論→実践→離脱の3段階のやり方がオーソドックスな勉強法だと聞いていたので、今は理論的蓄積に集中したいと思って、書くことを延期していた。

それがいつまでたっても、蓄積される気配がない。
よしよし、もう書いちゃおうね、このうんち野郎、って思った。

5月は毎日ブログを書くことにした。
書きたいものは何か、書きたくなった理由は何かも、わからないのに。
おそらく社会で暮らしていない分の、バケツ一杯分の自己表現欲求があって、小さな関心事がそれに従って具体化してくるというだけのことだろうけど、この段階で一ヶ月割くことのメリットがあるのかどうか、どっちの方向に原始的な意欲が向いているか、スッキリした直感を受けているか、自分の心を検分してみて、これは本当にやりたいことなんだろうなと思った。
いつも脳内がぼーっとしてるんで、自分のやりたいことすらはっきりわからないのが嫌だ。

1時間以内に書く、の一条に尽きる。
日記を書いたり、深切な意見を提示しようとすると、自分の意のあるところを十分に表示しようとして、文体の体裁にかかずらわって、時間を浪費することが多かった。
文体を気にせず書いたとしても、次から次によしなし事が踊り出してくるので、それが思想の方向に向かったときは、散らばったアイデア同士を論理化して整列させて一個の思想にしないといけないし、感情に向かえば、いつのまにか危険なまでの激情に高まったりして、どっちにしろ時間がかかる。

1つの記事に1日かかることもあれば、最長で2年かかることもあった。
書き始めの1行を書くだけで、1年半かかったときは、この時間で他のことをしてたら人生変わってただろうなと思った。
1つの記事に時間をかけることは、粘り強い考え方を鍛えるだろうし、文章力の向上に寄与して、何より心をスッキリさせることだと思うけど、今は時間のかかることが端的に嫌だ。

言ってみれば、長い時間をかけて書くことは、うんざりなんだと思う。私にとって。
だからといって、短い時間で書こうとしても、どうしても妥協できずに、長い時間をかけてしまう。
これは病気なの。
今わかったけど、身近なものではなくなった文章との向き合い方を変えていきたいんだろうなと、思う。

つまり、短い時間で書いて、文章は全くの不完全な代物に成り果てているのに、そこに一定の満足感を取得できる書き方を探したいな、ってこと。

小論文みたいに書きたいな。
10分でキーワードを出して、10分で体系化して、残りの40分で書くという感じで。
時間がきちゃうーーーーーーって焦って、不完全で終わっても、一定の満足感があるようなやつ。

キーワードというか、私の場合、文章の核みたいなものが一行あったら、それをつっかかりにして書き始めることが多い。
1時間以内に書き終わらなかった文章は、ちょっと手入れをしたら、そのまま出そ。
急いだ散髪屋さんだね。

ブログの巡回の時間を、書く時間に当てると思う。
6月には通常運転に戻るけど、しばらく見ないのはストレスになるだろうなあ。
twitterも一ヶ月くらいできてないし。

いつのまにか自分のURLに閉居して、空論をもって文章への誠実さを手放そうとしている。

 

英語(11時間7分)

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