星の動く音がうるさい

2016年からニート状態。独房の中のように過ごしたい。焦燥感がひどいな

恋愛相手は誰でもいいか

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恋愛相手の交換不可能性

好きな人ができたら苦しくなる理由は、相手のことが四六時中、頭にこびりついてくるから。
朝起きたらもう、あの人を考えていて、夜歩いているだけで、どうしてもあの人といっしょにいたくなる。
どうしてもあの人といっしょにいたい、あの人以外には考えられないというのは、対象の取替えがきかないということで、これは言い換えれば、どうでもいい他人だった相手が、誰とも交換不可能な絶対的な相手になってしまったということ。
「どうしても、あの人でないとダメなんだ」という恋愛相手の交換不可能性は、なぜ生じるのか。

鷲田清一によれば、「あなたにずっとそばにいてほしい」と恋愛相手に言われることで、「あなた」というかたちで、自分の輪郭をきちっとまとめてもらえるからである。
つねに人は自分が自分であるという確かな根拠が見当たらないという不安を抱えている。
その不確かな自分の存在が、交換不可能なほどの絶対的他者の、像や言葉によって外から与えられることになる。神に話しかけられてるのと同じ。自分だけ。
自分がここにいる確かな理由が与えられる。

しかし、これは説明になってない。
「不安なときに恋愛したくなるのは、自分の輪郭をきちっとまとめてもらえるからだ」という説明はわかるけど、これは恋愛したくなる理由の説明にすぎないのであって、「あの人と」恋愛したくなる理由の説明ではない。
「あの人じゃないとダメ」な理由を説明しようとするときに、「あの人じゃないとダメなのは、自分の輪郭をきちっとまとめてもらえるからだ」では、説明になってない。

つまり、あの人のことが好きになって初めて、この人でも、その人でもない、「あの人に」輪郭を与えられたいということが出てくる。そこらへんを歩いている人に、輪郭を与えられてもいいはずなのに、それではダメで、「あの人に」輪郭を与えられたい理由を説明しないといけない。

人を愛するのではない

別の文脈になるけど、恋愛の切なさについて、彼はこう言っている。
「その人の微笑や足の組み方によって、切なさが喚起される。文体は人なりという言葉があるように、人の存在そのものよりもそのスタイルに感応する。想像力にはお気に入りのスタイルがあるので、誰かを愛しているときでも実はその人をダシにして、自分のお気に入りのスタイルにはまりたがっているだけで、その人を愛しているわけではない」

この説明と合わせて、彼の主張を通そうとすれば、きっとこういうことになると思う。
つまり、誰でもいいから私に輪郭を与えてほしい、という恋愛衝動が潜在的にうずまいていて、あるとき私のお気に入りのスタイルを持った人達の中から「えいっ」と偶然の決意性で選ばれた相手が、何らかの機制によって、交換不可能性にまで昇華されるということ。

 

『大事なものは見えにくい』p.138-140参照