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星の動く音がうるさい

2016年からニート状態。独房の中のように過ごしたい。焦燥感がひどいな

詩の表現技法を取り入れる

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詩の表現は、凝り固まっていた自分の文体をほぐしてくれる。
文章表現のこつが詩につまってる。
1文字たりとも無駄がないから好き。

最果タヒの詩の好きな高校生をtwitterでフォローしてるんだけど、この詩を音読してるのを聞いて、私も詩集を買った。

きみをだいじにおもうこと
欲望がきちんとぼくにあること
生きていること 血が、洋服につくこと
きみはすべてが汚いと涙する
夜が落ちてきて きみの涙に光をためて
ぼくがそれだけを見つめ ねむること
ずっと泣いていてほしい
失望してやっと、きみは美しくなる

語尾を「こと」にするだけで、こんなに軽やかに言いたいことを言えるんだなって思った。
今までは、前後の文章をいちいち論理的に繋げるために、書いたり消したりを繰り返してきたけど、「こと」をつけて並列するだけで、説明責任が無効になる。
だからもう言いたい放題。
しかも、全部「こと」で終わるんじゃなくて、ところどころ別の語尾にしたりして、その混ぜ方が絶妙。
詩の内容よりも、この表現技法にハッとした。

この一ヶ月、ずっとこの表現を使ってた。
無理やりまとめようとせずに、「こと」でまとめて、すぐに次に行くようにしてると、説明の煩わしさから解放されて、思いがけず広いところに出る気がする。

この詩も好き。

わたしをすきなひとが、わたしの関係のないところで、わたしのことをすきなまんまで、わたし以外のだれかにしあわせにしてもらえたらいいのに。わたしのことをすきなまんまで。

詩はC言語と同じだと思う。
セミコロンが1つ欠けただけでもコンパイルできないくらい、プログラムの文字列には無駄がない。
詩も同じ。
1文字欠けただけでも詩が死ぬ。

 

最果タヒ『死んでしまう系のぼくらに』p.8,p51参照

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