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星の動く音がうるさい

2016年からニート状態。独房の中のように過ごしたい。焦燥感がひどいな

ニート生活244日 この2ヶ月の反省

8月21日までに論文を書こうとしてたけど、とうとう書けなかった。

 

期日は刻々と迫ってるのに、文献規模の測定を誤って、ブランダムの論文を片手間に読み始めたあの瞬間に、歯車がはずれたな。
「この程度だったらざっと読めるだろう」と対象を侮ったばっかりに、目的の二重性を許してしまって、方向を見失ったまま戦力逐次投入の誤りを繰り返した。

 

読み切ってから次にいきたい、という潔い気持ちが、かえって対象につき過ぎになって、実行不能な二正面作戦で、いたずらに外堀に回ることになった。
ただでさえ遅れてるのに、好きなものにたいして異様に遠回りする性格がここで効果を発揮して、最優先の本を後回しにすることが最優先になった。
基本的なテキストの論理に内在できるはずもないので、初歩的なテーマしか定立できなかった。案の定そのテーマは、すでにハイデガーの解決している基礎的な問題であると後でわかった。

 

テーマが崩壊した時点で「これはひどい。もういやだ」と思ったけど、それから一ヶ月狂信的な頑強さで固執して、ついに8月20日11時40分、「もう絶対に書けない」とわかった。
1日のふんばり所では、必ずといっていいほど非優先の論文を読んでいた。
現実逃避の心理から、「最優先ではない重要な読書」に没頭していたといえる。

 

ただし、失敗のたびに目的を絞っていくのは良かった。
「論文の骨格は小さくなっていいから、完敗だけは避けたい」と読む範囲を容赦なく絞っていった。
防衛線を構築しなおして、「活路が開けるかもしれんし、最後まであきらめるな」と後退戦に転換していた。
これはプロニートのみがもつとされる特攻精神の優越性で最終的勝利の神風が吹くという精神主義のせいである。

 

案の定これには肝心の行動がともなっていないので、全ての一図は無効に終わった。
目的設定の理性が働いていたのは認めるけど、やはり精神主義からだけでは、コントロール不能の身体を的確に使用することはできなかった。

 

優先事項を優先するのは難しい。
優先事項を決めること自体に、非優先行動を誘発してしまう厳しいリスクが内在しているということを、本当に自覚していただろうか。

 

今後は、優先行動と非優先行動のギャップを視覚化して客観視するところから始めたい。
単純な数値管理で、平均割合を測定する。
今まで、「総」読書時間は記録してきたけど、読書内の非優先読書時間を記録したことは、人生で一度もなかった。
優先行動を促進するより、むしろ非優先行動に注目、それも徹底的に、注目することから始めたい。

 

大事な場面で、自分のクセが出る気がするな。
緊張した限界状況で、矛盾が集中する。
現実逃避のクセが噴出してきたときに、どの手順でダメージコントロールするか常に考えておきたい。


原則と行動のギャップをどれだけ小さくできるか、この一週間いろいろ実験してみて、細かい管理法を組織した。
最後まで読みきらないとスッキリしない病も案外簡単に始末できた。
行動量の促進についても今までどおり科学的思考域で処理していくことにした。
問題は現実逃避の心理機制が働いてきたときに、持ち場で闘えるかどうか。
スパルタ人は、テルモピレーという隘路で、大敵に挟撃されながら、持ち場をはなれずに一人残らず死んだという。
私も最も有効な場所に立つ。

12月31日までに論文を書けなかったら、来年1年間はインターネットを止めたいと思う。
まだまだ追い込む余地があるのが救いに見える。

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